共犯 |
姉妻蕩治 |
-下- |
「共犯 上」 「共犯 中」 |
「だいたいオレがなにしたってんだ!」 「全部、これで筒抜けだったんだよ。署の方とピーシーの両方で録音もしてある。脅迫及び暴行、おっとそれから未成年者略取もオマケについてるなぁ。これも証拠品だな。ご丁寧に契約書、ですか。なんだなんだぁ、おでんの汁も付いてるがミヤケ、お前の指紋もべたべたついとるようだなぁ」 「あんたにも、ちょっと話があるんだが・・・」 小林に向かってテーブルを、星一徹並みにひっくり返して、瞬間的にドアに向かって私はダッシュしした。 彼女だった。 驚きと怒りと失望と自分への嘲りが、渦を巻いて全身を包んでいく。そのまま床に倒れると視界の向こうでは、既に警官の四人が非常口とエレベーターに張り付いている。 「ごめんね、ごめんね」 「じゃあ、ちょっと場所替えようか」 私を振り返りもせずさっさと行ってしまう。 「まず、君に言っておかなくてはいけないんだが、あの自殺騒動の真相なんて、もう10数年前から我々は知っていた」 |
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「で、すぐに任意同行をかけることも出来たんだが、あそこの両親も現場に居たあんたらも、揃いも揃って自殺だった、と言いはられれば、警察だって動けない。例えば両親からの訴えでもない限り。でもそれがなかった。なぜならあの***シンイチの両親にすれば、捜査されない方が都合が良かったからだ。 まあ、これ以上はあんまり詳しくは言えないが、あのシンイチというとんでもない少年が両親の裏商売の情報を利用して、しこたま儲けていたのはあんたらも知っていただろうけど、実はそれがその筋のプロの方々とかちあっちまってな。その筋の人たちにとんでもない損害を出させちまって、さあ、一悶着だ。 で、ああ言う少年の親ってのも、やっぱりそう言う親なんだな、始末をどうつけるかって時に金の払いを渋っちまった。それじゃぁ張本人に出てきてもらいましょう、責任見事に取ってもらいましょう、ってことになったら、あの親は大喜び、これには脅しのつもりだった筋の人間も驚いたって話しだ。 ところがやっぱりその道のプロの連中だ、子供相手だろうが男に二言はねえ、てわけで、そのシンイチと言う少年を始末つける手はずになった。 ところがだ、その役に選ばれた若いのがやりに行く途中で人をひいちまった。さあ一大事だ、車の中にはお道具が積んである。事故だ事故だと野次馬に取り囲まれてもうお手上げだ。でさっさと現場からトンズラこいた事件が、同じ日に新聞にのってた、あの拳銃押収事件だ。そこから我々は自殺騒動の裏を知ったわけだが、これはどうも他殺で、現場にいた女の子が怪しい、とね。おそらくほとんど同じ時間に、実はもう、あのシンイチと言う少年はこのおしとやかなお姉さんに殺されていた。で、あんたが見事に自殺に見せかけて両親に通報させたようだな、と踏んだ。 ま、両親もどうも聞いてた話と違うようだが、取りあえず死んでくれて良かった、と思ったらしい。警察と消防に電話する前に、筋の人間に連絡していたっていうから、呆れたもんだ。で、あとはあんたがた二人が知ってるような、筋書きだ」 「で、警察ってのは恐いもんだな、いや私が言っちゃいけないが、これはどうも怪しい、と踏んだ。で、何をしたかって言うと火葬場に身元不明の死体を運んでおいて、あのアンチャンの遺体と交換して持ち帰った。 検死してみると、やはりどうも首つり自殺じゃないな、と。ロープの跡はあるものの、首つりにしちゃ鬱血痕もほとんどないし唇にチアノーゼも出ていない舌も正常だ。死因が特定できないまま手を付けたのが、脳だ。ま、頭蓋骨を開けて硬膜をはがしたら、検死官もビックリって言うほどの内出血だった。ついでによくよく調べてみるととんでもなくでかい動脈瘤の跡がある。こりゃどうも自然死だ、と言うことになって、遺体を閉じたって訳だ」 ソファからずり落ちそうになりながら私が問う。 「自然死だった?」 「検死官に言わせるとそれが前兆だったらしい。若いからあんだけでかい血瘤が出来ていても破裂せずに済んでいたんだが、ああいうケースでは稀に、血瘤の圧迫で精神障害みたいな症状が出るらしい。でもって、まだほかの部分を圧迫したり刺激したりしているうちは、まだ良かったんだが、どう転んだのかてめえの足下、つまり瘤のおおもとの血管を圧迫しちまったらしい。でその状態が2、3日続いたところで、血管の細胞が一気に壊死を起こして根っこから、大爆発」 おそるおそる、聞いてみる。 「それじゃあ、結局・・・」 揉み手をして立ち上がろうとした小林に彼女が、履いていた靴を投げつけた。 「このタヌキおやじ! 自然死だったなんて、わたしは聞いてなかったわよ!」 床に転がっていたクリスタルの灰皿を私が頭上に掲げたところで、小林と彼女に羽交い締めにされた。
偶然彼女がミヤケの店で働いていたのを知り、小林が自然死だったことを知らないままの、彼女と私を利用することを思いついたこと。 彼女との交換条件で、協力するかわりに真犯人である私(!?)、の罪は時効として流すこと。 小林の手先の人間が10数年前の事件のストーリーをミヤケに信じ込ませたこと。 まんまと引っかかったミヤケが計画通り、小林に協力している彼女を脅迫し、今回の事件となったこと。 例の店の前に車は停まり、私たちをおろすと小林は逃げるように車を走らせ、消えていった。 店には、準備中、のプレートがかかっていたが、彼女は構わずドアを押し開く。 「お加減はどうですか?」 「お預かりしているものは如何致しましょう?」 彼女の後をついていくと、その前にマスターが立ち、案内した。キッチンへ入り、床下収納を開ける。キャベツや玉葱をかき出し、床下収納のユニット自体を床からはぎ取る。下にはぽっかりと空間があいていて、鈍く光る銀色の物体が、見える。 「ちょっとだけですよ」 |
振り向くと、大切なカップを落として割ってしまい、しょげているような表情の彼女。 「わたし、またやっちゃったのよ。シンイチの時みたいにかばってくれる人、いないし。で、どうしようって考えたら、すっごいアイデアが浮かんで」 ぎぎっ、と冷凍庫のドアが閉まり、マスターが床の上によじ登ってくる。 「あの店長がずっと別件でマークされていたのは知っていたから。で、ちょうどこの女の子の両親から捜索願が出されてね、小林が店に顔を出したの。じゃあ、いたいけなお店の女の子が、つまり私ね。あれ? 笑わないの? ここ笑うとこなのに。で、私がね、殺した、というよりも、ソープの女の子が行方不明になった、っていうほうが、都合がいいわけパクリたがっていた小林のおっさんには。 その1年くらい前からわたしを指名してくれるお客さんの中にいたの、当時実習生であの検死に立ち会ってた人が。男って、ダメね、自慢したがりで、オレは知ってるんだ、なんてえらそな態度でぺらぺらしゃべっちゃって。わたしが薬物で殺したのに、脳内出血の跡で分かったつもりになってそれ以上調べなかったみたいね。そこでこの計画、ひらめいたの、シンイチの死因が自然死って事になっているんだったら、一挙両得、罠を仕込んで、全てを丸く収めましょう、ってこと」 汗が額をつたっている。脇の下もだ。 「じゃあ、この女の子もシンイチも、やっぱりお前がやったのか」 私は横を向いてスーツの胸元を探る。 「探してるのは、これでしょう? 忘れ物の癖は、相変わらず、ねえ」 「じゃあ、この携帯拾ったのも・・・」 彼女の指には見慣れない鍵束がある。 「カンタンって・・・」 「あっ、もう一つ。これ本当の話なんだけど。あなたがシンイチを自殺に見せかけたとき、わたしがシンイチの死体を下から持ち上げたでしょ? 憶えてる?」 「あっ、そうそう。それから、あの子ホントにあなたの子よ」 目眩がしてくる。 「それはどういう意味だ、オレには身に覚えがない」 立っていられなくなり膝を抱えて座りこみ、壁にもたれた。ちょうどこれと同じポーズを、冷凍庫の中の女もしていた。 「でも、いいわよ、今日の途中までを書いて、カムバックして、稼いでもらわなくちゃいけないんだし。昔、あの時はわたしをかばってくれたんだし。共犯ってことに、しといてあげるわ」 彼女とマスターが私を抱き上げ、店内へと戻り、ソファー席に座らせた。 「ね? 共犯でしょう?」 -了- |
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